大動脈粥状硬化症の病巣部に見られた泡沫化マクロファージ(ヘマトキシリン・エオジン染色)

 大動脈粥状硬化症の病巣部の内膜の組織写真です。明るい泡状の細胞質と小型の丸い核を持つ大きな細胞は、クラスAスカベンジャーレセプター(SR-A)などを介して酸化LDL (Low Density Lipoprotein)を取り込んで泡沫化したマクロファージです。マクロファージは動脈硬化の病態形成に非常に強く関わっています。

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大腸癌(中分化管状腺癌)(ヘマトキシリン・エオジン染色)

 大腸の隆起性病変の組織写真です。左写真の黄線より左側の部位では、大腸腺管上皮細胞の核は大きくなり、形も不揃いです(右写真参照)。また、腺管の構造も不規則になり、出鱈目に増殖している印象を受けます(このような変化を異型と表現します)。また間質組織内にもこれらの上皮細胞が侵入しています(浸潤と表現します)。これらの所見が顕微鏡で確認された場合、病理医は悪性腫瘍(上皮の場合は癌)と診断します。
 黄線より右側の部分に見える腺管は正常腺管上皮です。
 その腫瘍が良性であるのか、悪性であるのかの診断は、病理医の仕事として最も基本的なものであり、また最も大切なことです。

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糖尿病性糸球体硬化症{左:過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色}(右:ヘマトキシリン・エオジン染色)

 2型糖尿病が原因で腎不全になった症例の腎臓の組織写真です。写真中央に見える構造体は腎臓の糸球体であり、この糸球体の血管壁がとても厚くなっています。また左写真の黄色の丸印内に見られるような、ピンク色に染まる結節状の構造体(これをキンメルスチール・ウィルソン結節と呼びます)が出現します。
 また糖尿病では、輸入・輸出細動脈と呼ばれる糸球体に出入りする血管の血管壁が厚くなり(右写真の矢印)、内腔が細くなることも特徴的です。

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家族性アミロイドポリニューロパチー症例における心筋へのアミロイド沈着(左写真、コンゴーレッド染色)と同部位の偏光顕微鏡による観察(右写真)

 アミロイドーシスとは、アミロイドと呼ばれる特殊な蛋白質が全身臓器に沈着して様々な症状を引き起こす病気です。アミロイド形成の原因となる物質には、血清アミロイド関連蛋白(SAA)・免疫グロブリン軽鎖・突然変異型トランスサイレチン・β2ミクログロブリンなどが知られています。
 家族性アミロイドポリニューロパチーは突然変異型トランスサイレチンがアミロイドの原因となる遺伝性疾患で、日本では長野県と熊本県に多発地域があります。
 いずれの種類のアミロイドも、βシート構造と呼ばれる特殊な構造パターンを形成しており、コンゴーレッド染色法で赤く染まり、偏光顕微鏡で観察すると重屈折性を示し、緑色に見えます。

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(左写真)胸膜悪性中皮腫(ヘマトキシリン・エオジン染色)、(右写真)アスベスト小体(ベルリンブルー染色)

 悪性中皮腫はアスベスト(石綿)の暴露と明らかに関連する悪性腫瘍であり、非常に悪性度が高く問題となっています。胸膜や腹膜などを覆う中皮細胞と呼ばれる特殊な細胞が悪性化したもので、多くの場合は胸膜に発症し、肺を取り囲むように腫瘍細胞が増殖していきます。
 右の写真はアスベスト小体と呼ばれる構造体で、アスベスト繊維に鉄を含む蛋白質が付着したものです。そのため、ベルリンブルー染色のような鉄を染める染色法によく染まります。

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巨細胞封入体肺炎で観察されたサイトメガロウイルス感染細胞(ヘマトキシリン・エオジン染色)

 悪性リンパ腫(リンパ球の悪性腫瘍)に対する大量抗癌剤投与が行われ、悪性リンパ腫は改善したものの、重症の肺炎を発症され、治療が奏功せず亡くなられた症例です。病理解剖が行われ、肺を顕微鏡で観察すると強い肺炎の所見が見られるとともに、この写真のような細胞がたくさん見られました。この細胞は周囲の細胞に比べて明らかに大きく、核の中に青紫色の構造体(ウイルス封入体)が出現しています。これはサイトメガロウイルスが肺胞上皮細胞などに感染して見られる所見で、その特徴的な形態から「フクロウの眼」細胞と呼ばれることもあります

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外科切除されたリンパ節内に観察された日本住血吸虫卵(ヘマトキシリン・エオジン染色)

 日本住血吸虫(Schistosoma japonicum)は吸虫に属する寄生虫の1種で、主に肝臓の門脈に寄生し肝硬変の原因となります。日本では2000年に終息宣言が発表され、根絶が確認されました。たまに本症例のように偶発的に石灰化した虫卵が見つかることはありますが、臨床的に問題になることはほとんどありません。ただし、中国やフィリピンの一部の地域では本症の流行地域があり、海外渡航歴を有する患者さんでは注意が必要です。

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真菌性前立腺炎(カンジダ感染に起因した肉芽腫)(グロコット染色)

 病理診断は腫瘍だけでなく、感染症などのその他の疾患の診断にも重要な役割を果たしています。
 本症例は、免疫抑制状態であった患者さんが突然の高熱をきたし、最終的に亡くなられた症例で、発熱の原因として感染症が疑われるものの、原因が特定出来ませんでした。病理解剖が行われ、前立腺を顕微鏡で観察すると、この写真で見られるような黒色に染まるカンジダ(Candida albicans)と呼ばれる真菌の集合巣が認められ、カンジダの感染による敗血症(細菌などが血液中に入り込み、過剰な免疫応答を引き起こすことで高熱や血圧低下などが起こる状態)が高熱の原因であることが判明しました。

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胃潰瘍からの生検組織内に観察されたヘリコバクター・ピロリ菌(ヘマトキシリン・エオジン染色)

 胃粘膜表層部の粘液の中に、青紫色に染まる小さな桿菌が多数観察されます。これらの菌はヘリコバクター・ピロリ菌(Helicobacter pylori)と呼ばれ、胃のような強い酸性環境の中でも生育出来ます。この菌を発見し、慢性胃炎や胃・十二指腸潰瘍との関連性を解明した病理学者のマーシャル先生とウォーレン先生は2005年にノーベル生理学・医学賞を受賞されました。

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肺癌(小細胞癌)(ヘマトキシリン・エオジン染色)

 その腫瘍が悪性であるのかどうかということは非常に重要な情報ですが、悪性腫瘍であった場合どのようなタイプの腫瘍(組織型)であるのかという情報も、治療方針を決めるにあたって欠かせない情報です。
 写真は肺癌の症例ですが、細胞質に乏しい小型の癌細胞が増殖する、小細胞癌と呼ばれる組織型の肺癌です。小細胞癌は非常に増殖が速く、手術で切り取ってもすぐに再発してしまうため手術治療は困難ですが、一方で抗癌剤や放射線治療に対する感受性が高いため、これらの治療法がまず行われることになります。

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 OBの大西と申します。私は基礎医学的立場から疾患の原因を探求しつつ、臨床分野にも病理診断という形で直接参画できる病理専門医として日々の業務に励んでおります。病理専門医による病理診断は長らくのあいだ標榜科になっておりませんでしたが(診療科として認められていませんでした)、2008年度よりやっと「病理診断科」として標榜できることになりました。しかしまだ病理医の仕事ぶりは世間一般に知られていない場合が多いと思います。

病理診断は十分なトレーニングを積んだ病理医のみが行えることが出来る専門性の高い領域であり、かつ医療現場に必要不可欠な分野で、とてもやりがいのある仕事です。 顕微鏡の視野に現れる病理組織の世界は非常に複雑で、そしてとても興味深いものです。経験豊かな病理専門医は一枚の顕微鏡組織像から患者さんの生活状況や疾患の背景因子を正確に読み取り、細胞や組織の形態変化から的確な治療方針を想定することができます。顕微鏡の視野を通して病に苦しむ患者さんの幸福に貢献することこそ病理学の最大の魅力だと思います。

 ここでは、私が今まで経験した症例の中から、興味深い所見を示す組織写真をいくつか提示いたします。病理診断とはいかなるものかを感じて頂ければ幸いです。皆さんの中から病理学に興味を持って私たちと一緒に勉強をしたいという方が現れることを、切に願っております。

(愛知医科大学病理学講座 講師 大西 紘二)