HLAってなに?

 熊本大学は平成15年4月より、従来の大学院医学研究科と薬学研究科を統合再編して、新しく大学院および大学教育を指導するとともに研究を行う教官の組織として医学薬学研究部を、また大学院学生を教育する組織として医学教育部および薬学教育部を発足させました。大学生の教育組織としては、医学部医学科に加え平成15年10月から、従来の医療短期大学部が改組となり医学部保健学科が発足しました。免疫識別学分野は、教養教育として1年次に「分子と細胞の医科学」(3〜4回)、本学・医学部学生の皆さまに対しては2年次に「医学英語D」(3回)、3年次に「免疫学」(8回)を講義することになっています。また本学・薬学部学生の皆さまには、2年次に「免疫学」(4回)の講義を致します。さらに大学院医学教育部・医科学専攻修士課程の大学院学生の皆さまには、「免疫学特論」(4回)の講義をいたします。

  1. 私たちの研究室の研究の概要と魅力

     私たちが興味をもって研究しているテーマは、「HLA (ヒト主要組織適合抗原)の形とその働き」です。皆さんHLAという言葉は最近、臓器移植が社会的にもクローズアップされて来ていますのでお聞きになったことがあると思います。そうです、移植の際に臓器を提供してくれるヒト(ドナー)と移植を受けるヒト(レシピエント)との間でHLAがマッチしないと拒絶反応が起こるというあれです。HLAはヒトがもっている遺伝子の中でも圧倒的に群を抜いて個人差が著しく、ドナーとレシピエントとの間でHLA型を合わせることが難しいために拒絶反応がおこってしまうわけです。HLA型の個人差は、血液型とは比べ物にならないほど著しく、人類集団中には実に数百種類のHLA型があります。しかし、移植というのはここ数十年で発達した医療であり、HLA分子の本来の機能が拒絶反応を促進して、他人の臓器を拒絶することにあるとはとても考えられません。

     実は、HLA分子は細胞の表面に発現している蛋白質で、細胞の内や外に微生物などの異物が侵入してきた際に、異物が分解されて出来た断片を結合して細胞表面に発現し、血液の中に含まれている白血球の構成成分の一つであるTリンパ球に異物の存在を知らせて、これを排除するように命令する働きをもっています。つまりHLAは体内の環境をモニターする装置のようなもので、Tリンパ球は常時HLA分子に変な異物の断片が結合していないか監視しています。こうすることによって、私たちの体を微生物などの異物による攻撃から守ってくれているわけです。そして私たちの体の中に他人の細胞が侵入してくると、他人の細胞の表面に発現している自分のものとは形が少し異なるHLA分子を、Tリンパ球が直ちに識別して微生物をやっつけるのと同じやりかたで攻撃します。これがHLA型がマッチしないヒト同士の間で行われた臓器移植において拒絶反応がおこる原因の一つとなっているわけです。

     私たちが最も興味を持っているのは、HLAに著明な個人差が生じた理由と、その医学・生物学における意味あいです。このようなHLAの個人差は、いったい何のためにあるのでしょう。HLAに個人差がなければ、だれの臓器であれ簡単に移植できて便利なのですが。この現象は、HLAが人類が膨大な種類の病原微生物との戦いに打ち勝って、現在まで生き延びるために非常に重要な役割を果たしてきた「あかし」なのです。つまりHLAの形が異なると、これに結合してTリンパ球に見せることのできる異物の形も変わってくることに大きな意味があるのです。逆に今一つの異物に固定して考えてみると、これをうまくHLA分子にくっつけてTリンパ球に異物の排除を命令できる形をしたHLAと、そうでないHLAが存在することになります。もしHLAに個人差がなければ、どうなるでしょう? この場合、ヒトはある種の異物に対してだけしか、Tリンパ球に異物の排除を命令できないことになってしまいます。人類を取り巻く自然界には、ありとあらゆる種類の微生物などの異物が存在します。ヒトごとにHLA型を変えておけば、これらの多様な異物による攻撃(たとえば人類を脅かしてきた数々の伝染病の流行)に際して、これを排除できるHLA型をもっているヒトが生き延びて、人類を絶滅の危機から救うことができるわけです。つまりHLAの個人差は、人類を個人としてではなく、集団(種)として異物の攻撃から守ることを可能にしてきたわけです。



  2. 最近のトピックス

     私たちの研究室では、この5年間ほどHLA分子に結合してTリンパ球に提示される異物に人為的に変化を生じさせたものを利用して、これを認識したTリンパ球にどのような変化が生じるか検討し、おもしろい現象を観察しております。つまり、異物の特定の部分を変化させることにより、Tリンパ球の異物に対する反応(免疫応答)を、著明に増強したり、抑制したりすることができることがわかりました。このような研究成果は、特定の異物に対するTリンパ球の反応(免疫応答)が生体にとって有用である場合に、さらにこれを増強する手だてとして応用できます。たとえば、病原性のある細菌やウイルスに対する抵抗力(免疫)を高めるための、強力なワクチンの開発への応用などが考えられます。病気の中にはリウマチのように、本来Tリンパ球が反応してはならない自己の体の成分に対して、Tリンパ球が反応してしまったために発症するものがあります。この場合に、異物と間違えてTリンパ球が反応してしまう自己成分の構造を少しだけ変化させた、自己のまがいものを利用して自己に反応するTリンパ球の免疫応答を抑制することができます。つまり、このような自己のまがいものでこのような病気を治療できる可能性があることがわかりました。


  3. 将来のビジョン

     私たちは、これまでの研究成果をさらに発展させて、体内に発生する腫瘍(がん)をやっつけるTリンパ球が認識する腫瘍に特異的に発現する異物の構造を決定しようとしています。さらにその形を変異させたものでTリンパ球により強い反応を誘導できるものを見つけ出して、腫瘍(がん)の効率よい排除に応用できないかと考えています。また自己成分に対するTリンパ球の反応が原因で発生するリウマチなどの病気に関して、Tリンパ球がどのようなHLA分子に結合した、どのような自己の成分を認識しているのかを明らかにしようとしています。この他にも基礎的な研究として、Tリンパ球が人為的に変化させた異物を認識した際に、どのようにしてTリンパ球の反応が変化するのか、そのメカニズムを研究しています。また異物を取り込んで消化し、その分解産物をHLA分子に結合してTリンパ球に見せることを専門にしている抗原提示細胞という名前の細胞で、重要な役割を担っている遺伝子を見つけようとしています。このようにして、異物に対するTリンパ球の対処法を詳しく研究して、その成果を病気の原因の解明や、新しい治療法の開発に役立てようと考えています。


  4. 若い人たちへの「研究生活」のすすめ

     私たちの研究の醍醐味は、何といっても、新しい現象や分子を見つけて、その医学あるいは生物学における意義を明らかにすることにあります。これに際して、あるおもしろい現象を観察した後に、これが発生する機序について仮説をたて、これを検証するための実験を計画します。その結果、多くの場合には予想外のひょんな発見 (セレンデイピテイー)により問題が解決されることがあるわけで、この瞬間が研究者にとって何よりの楽しみです。結果はどうあれ年に一度、そのようなドキドキする瞬間に出会えれば最高です。さらに、いろんなミーテイングに参加して、他の研究者の発表を聞いたり、ミーテイングの後で他の研究者と話し合っているうちに、ワクワクするような新しい問題やその解決法に思い至った時にも、大きな喜びを感じます。ようするに、私たちの旺盛にして貪欲な好奇心をかき立ててくれる、刺激を得た時に快感を感じるわけです。Science 中毒あるいはScienceおたくの世界でしょうか?皆様方の中にもきっと潜在的なScienceおたくの方がいるはずです。このような人は、私の研究室を訪ねてみませんか?。Scienceの世界の魅力の虜にして差し上げましょう。



〒860-8556 熊本市本荘1-1-1
熊本大学大学院・医学薬学研究部・免疫識別学
西村 泰治
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