はじめに、なぜ医学部でメイラード反応を研究するのかを、その歴史的背景からご紹介致します。メイラード反応は味噌や醤油、キャラメルなどの褐色色素、香気成分の要因として、日本では古くから研究が行われてきました。以下の絵は醤油の醸造過程を描いたものですが、如何に褐色で美しく、香ばしく、なおかつ美味しい醤油を造るかという試行錯誤は、まさに現代のメイラード反応研究の原点と言えるでしょう。このような経緯から、当初は主に食品分野で研究されておりました。

メイラード反応が特に食品科学の分野で活発に研究されてきたのに対して、生体での研究の歴史は以外と浅く、1975年にヘモグロビンβ鎖のN末端バリン残基にグルコースが結合したアマドリ転位産物としてHbA1cが生体から同定されたことにはじまります。今ではHbA1cは糖尿病患者の血糖コントロールの指標として測定されています。

さらに、1980年代に入ってAGE化蛋白の特徴の1つである蛍光性物質(excitation: 370 nm, emission: 440 nm)が、脳硬膜(dura mater)のコラーゲンに加齢に伴って蓄積すること(左図)、又、糖尿病患者は健常人よりも有意に高値であることが示され、生体でのメイラード反応が注目されるようになりました。しかし、加齢に伴って蛍光性物質が蓄積するという発見は、生体内でのAGEの存在を示唆するには十分でしたが、「蛍光性物質=AGE」とは言えないことから、蛍光性物質の存在だけでは生体内メイラード反応が本当にAGEまで進行しているかの証拠には不十分と考えられました。
Monnier VM et al., (1984) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 81,
583, 1984

1990年代に入り、AGE蛋白を特異的に認識する抗体が開発され、生体におけるAGEの存在及びその局在が、免疫化学的手法によって明らかになってきました。上のスライドは抗AGE抗体作製の基本的な流れを示したものです。例えばグルコースとある種の蛋白(例えばBSA: ウシ血清アルブミン)を長期間インキュべートすると、蛋白上にNe-(carboxymethyl)lysine (CML)をはじめとする様々なAGE構造体(色丸で示したもの)が生成したAGE化蛋白となり、これをウサギに免疫した後に、得られた抗血清からアフィニティーカラムによってAGE化蛋白に反応するがBSAに対して反応しない画分を精製することによって、ポリクローナル抗AGE抗体が得られます。またAGE化蛋白をマウスに免疫した後、脾臓のリンパ細胞をガン細胞と融合し、AGE蛋白とは反応するが未修飾のBSAとは反応しない融合細胞を検索することによって、モノクローナル抗AGE抗体が得られます。これら抗AGE抗体を用いた免疫学的解析によって、AGEが加齢に伴ってヒト水晶体蛋白に蓄積し、又、糖尿病性腎症及び慢性腎不全の腎臓、粥状動脈硬化病変部などに顕著なAGE蓄積が確認され、AGEと病態との関連を示唆する報告が数多くなされるようになりました。又、最近では、肺線維症の肺胞マクロファージ、家族性筋萎縮性側策硬化症(FALS)の神経細胞内など、酸化ストレスの関与が示唆されている病態でもAGEの蓄積が亢進していることが確認されており、AGEとこれら病態との関連が活発に探索されています。さらに、生体にはAGE化蛋白を特異的に認識する受容体が存在することが明らかとなり(AGE受容体の項を参照)、AGEは単なる蓄積物ではなく、受容体を介して内皮細胞・マクロファージ等に様々な生物反応を誘発することが明らかとなり、特に糖尿病分野で急速に研究が発展しました。
上述した味噌・醤油におけるメイラード反応研究の歴史的な背景から推測される通り、我が国には本反応を研究する著名な研究者が多く存在します。又、本研究の最も特徴的な面は、医学、薬学、食品化学、農学等の多方面に渡る多くの研究者が存在することでしょう。例えば、医学分野の研究者には、生体に蓄積したAGEは糖尿病合併症の発症因子(悪)として捉えられていますが、逆に、食品分野の研究者からは、AGEは食品の香気成分の基(善)として捉えられていることが多いようです。それでは、食事によって経口的に接取されたAGEは生体に対して善となるか、或いは悪となるのか? この問題には未だに結論がなされていませんが、食品化学の分野で発達したAGE測定技術が医学の分野で応用され、逆に、医学分野で注目されたAGE構造体が、食品分野の研究者によってその生成機構が解析されるなど、お互いの分野が協力して研究が進行しているケースが多く見られます。
2001年10月末に当研究室の主催で、第7回国際メイラード反応シンポジウムが熊本で開催されました。本シンポジウムではMedical
ScienceとFood Scienceの二つに別け、さらに、口演とポスターセッションが行われました。例えばポスターセッションにおいて、ブラウンチーズにはAGEが多く含まれていることを報告しているノルウェーの研究者が、持参したブラウンチーズを紹介しながら、腎臓におけるAGE蓄積に関する報告を、興味深く聞き入っている・・・という光景も見られました。